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静岡簡易裁判所 昭和37年(ハ)21号 判決

判   決

静岡市西草深町一四番地

原告

足立達夫

名古屋市西区桜木町二丁目五番地

被告

西村末吉

右当事者間の昭和三七年(ハ)第二一号報酬金請求事件について、当裁判所は昭和三七年七月一六日終結した口頭弁論に基き、次のとおり判決する。

主文

被告は、原告に対し、金九〇、五〇〇円及びこれに対する昭和三七年二月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、仮りに執行することができる。

事実

原告は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、原告は、静岡県弁護士会所属の弁護士であるが、被告より、昭和三五年一〇月二五日、被告の訴外奈良間金太郎に対する四通の約束手形に基く約束手形金債権金八七九、五〇〇円を保全するため、右訴外人所有の不動産を仮差押するよう委任され、静岡地方裁判所民事部に対し右仮差押申請手続をなしたところ、該申請は同庁昭和三五年(ヨ)第一二八号不動産仮差押命令申請事件として受理せられ、同裁判所は右申請を認容する旨の決定をなし、同裁判所の嘱託により静岡地方法務局備付の前記訴外奈良間所有の土地並びに建物の登記簿にその旨の記入がなされ、原告は被告より委任された前記仮差押手続を完了した。

二、ところが、更に、原告は、被告より、昭和三六年四月、手数料内金三〇、〇〇〇円の交付をうけて前記約束手形金請求の本案訴訟を委任され、静岡地方裁判所民事部にその旨の訴を提起し、右訴訟事件は同庁昭和三六年(ワ)第二六八号事件として係属し、同裁判所において数回の口頭弁論を経たのち、昭和三六年一〇月一八日「訴外奈良間は被告に対し前記約束手形金合計金八七九、五〇〇円及びこれに対する昭和三十六年四月一日から同年九月三〇日までの年六分の割合による利息金二六、三八五円総計金九〇五、八八五円の支払義務あることを認め、これを三回に分割して(イ)昭和三六年一〇月三一日限り内金三〇五、八八五円(ロ)同年一一月一五日限り内金三〇〇、〇〇〇円(ハ)同年一二月一五日限り残金三〇〇、〇〇〇円をいずれも東海銀行名古屋押切支店の被告名義の普通予金口座宛に振込支払う。」旨の裁判上の和解が成立し、その後右訴外人は右和解条項を完全に履行し、結局被告は金九〇五、八八五円を現実に取得した。

三、従つて、被告は原告に対し右約束手形金請求訴訟事件の報酬金の支払をすべきであるのに、その支払をしないので、原告は被告と右受任訴訟事件の報酬について特に書面を作成しなかつたし、又その報酬金額についても明示して定めなかつたが、口頭により成功した場合には相当額の報酬金を請求する旨の契約を締結した。仮りに右契約を締結してないとしても、原告は被告に対し当然静岡県弁護士会報酬規定の最低率である被告取得金員の一割を請求する権利がある。よつて、いずれにしても、原告は被告に対し報酬金九〇、五〇〇円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和三七年二月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、と述べ、

被告主張の抗弁事実はいずれもこれを否認すると述べ、

立証(省略)

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中一、二の各事実はいずれも認めるが、三の事実は否認すると述べ、抗弁として、

一、原告主張の約束手形金請求訴訟事件については当初原被告間において、報酬金を金五〇、〇〇〇円とするとの報酬契約を締結したが、被告が、昭和三六年五月二〇日頃、原告方において、右本案訴訟の訴状が静岡地方裁判所に提出されていなかつたので、原告の怠慢を追求したところ、原告は被告に対し「既に受領した金三〇、〇〇〇円のみで右訴訟手続一切の受任事務を行なう。報酬金は今後一切請求しない。」旨述べて、右事件についての報酬請求権を放棄した。

二、仮りに、そうでないとしても、その際、被告が原告に対し「報酬を支払うか否かは被告の自由意思に任せて貰いたい」旨告げたところ、原告はこれを承諾した。而して、被告は、現在報酬を支払う意思はない。

よつて、いずれにしても、原告の本訴請求は失当であり、右請求は応じないと述べ、

立証(省略)

なお、当裁判所は職権を以つて被告本人西村末吉の尋問をした。

理由

原告が静岡県弁護士会所属の弁護士であること、被告が、原告に対し、昭和三年五一〇月二五日、被告の訴外奈良間金太郎に対する四通の約束手形に基く約束手形金債権金八七九、五〇〇円を保全するため右訴外人所有の不動産仮差押申請手続を委任したことは当事者間に争いがなく、(証拠)によると、被告が、原告に対し、昭和三五年一〇月二四日、右不動産仮差押申請事件の実費手数料として金三〇、〇〇〇円を支払つたことを認めることができる。而して、その頃原告が右委任に基き静岡地方裁判所民事部に対し訴外奈良間所有の不動産仮差押申請手続をなし、同庁昭和三五年(ヨ)第一二八号不動産仮差押命令申請事件として受理せられ、同被判所が右申請を認容する旨の決定をしたこと、同裁判所の嘱託により静岡地方法務局備付の前記訴外人所有の土地並びに建物の登記簿に仮差押する旨の記入がなされ、原告の受任事務である右仮差押手続が完了したことは当事者間に争いがなく、(証拠)によると右仮差押申請事件の保証金は金九〇、〇〇〇円であつたことを認めることができる。そして、被告が、原告に対し、昭和三六年四月前記四通の約束手形に基く訴外奈良間に対する約束手形金請求の本案訴訟を委任し、金三〇、〇〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがなく、(証拠)によると右金員支払の日は昭和三六年四月二二日であつて、右金三〇、〇〇〇円は手数料金五〇、〇〇〇円の内入金として支払つたものであることを認めることができる。

そこで、右認定の仮差押並びに本案訴訟事件委任までの経緯を証拠に照してみると、(証拠)によると被告は訴外奈良間に対する前記約束手形金債権があつたところ、その回収が容易でなかつたので、昭和三五年秋知人の訴外深沢金蔵を同行して原告の事務員であつた訴外山口留蔵方を訪れ同人に対し「仮差押をして貰いたい。金九〇〇、〇〇〇円位の手形債権だが、その内、金六〇〇、〇〇〇円位は所持人ではないが、取立に出してある。幾らでやつてくれるか。」との旨の相談をしたこと、訴外山口は被告に対し「弁護士会の報酬規定では訴訟事件は請求額の一割以上になつていて、仮差押も訴訟事件に準ずることとなつている。仮差押だけなら多分金三〇、〇〇〇円位だろう。」との旨話したこと、そこで前記認定のとおり委任をうけた原告が訴外奈良間の不動産の仮差押をしたところ、訴外奈良間から示談の申入れがあり、金六〇〇、〇〇〇円の手形を呈示して貰いたいとのことであつたので、被告にその旨連絡したが被告がなかなか約束手形を持参せず昭和三六年三月下旬になつてこれを持参したこと、そこで訴外奈良間と示談の交渉をしたが、同人が「ほかにも被告から内容証明郵便で請求されている債務があるがそれを取消してくれなければ、この分も支払えない。」と拒否したため示談が成立するに至らなかつたこと、これに対し被告は同年四月五日の静岡祭を過ぎたら本案訴訟を頼むというので訴外山口は「手数料は金五〇、〇〇〇円位だろう」と告げたことを認めることができ、(証拠)を綜合すると同月二二日、原告方において被告は原告に対し手数料金五〇、〇〇〇円で右本案訴訟の委任をなしたが、その際金三〇、〇〇〇円しか持合わせていなかつたのでそれだけ支払つておくこととなり、手数料の内金として金三〇、〇〇〇円を支払つたこと、(その後今日に至るまで被告は原告に対し手数料残金二〇、〇〇〇円を支払つていないこと、)そこで、原告が被告に対し今日のところ手数料は金三〇、〇〇〇円で結構だが後日報酬を貰いたいと告げたことを認めることができ、原被告各本人尋問の結果中右認定に反する部分はいずれもにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、(証拠)によると原告方では右受任当時その法律事務所内に静岡県弁護士会報酬規定(甲第一号証)を掲示していたこと、右規定は昭和三一年四月一日に改正された報酬規定であつて、その後引続き効力を有するものであり、各単位弁護士会における報酬規定は日本弁護士連合会において弁護士業務の原則的な報酬規定が定められているのに基いて各単位弁護士会において実情に沿つて報酬規定を定め右連合会の許可を得ていること、右静岡県弁護士会報酬規定によるとその報酬は

「(一) 民事に関するもの

(イ)  目的の価格を算定できるもの

手数料    謝  金

(A)十万円未満

一割乃至二割 一割乃至三割

(B)百万円未満

一割乃至二割 一割乃至二割

(C)百万円以上

一割乃至一割五分 一割乃至二割

(ロ)  目的の価額を算定できないもの

依頼者の受くべき経済上その他の利益を標準として右(イ)に準ずる(但し一万円を下らないものとする)

(二) 仮差押仮分及其の異議事件並に証拠保全事件

(イ)  本案と共に受任するとき右(一)の二分の一

(ロ)  本案を受任しないとき右(一)に準ずる

(三) 調停、審判、和解、強制執行競売事件

右(一)の二分の一

と定められていること、右規定にいう手数料はいわゆる着手金と呼ばれているもので一般に委任と同時に支払われる金員であり、謝金はいわゆる報酬又は成功報酬と呼ばれているもので事件終了後勝訴の場合に支払われる金員であること、弁護士が依頼者から受任する際にその報酬について書面又は口頭によつて報酬契約を締結することもあるが、報酬額について確定金額を明示して定めなくても一般には相当額の報酬が後日支払われていることを肯認することができる。

そして(証拠)によると昭和三六年五月二〇日頃、被告は、原告が受任済みの前記本案訴訟の訴状を静岡地方裁判所に提出していなかつたので原告に対しいろいろ苦情を述べたことを認めることができる。そして、被告は、抗弁として、(一)昭和三六年五月二〇日頃、原告方において、原告の怠慢を追求したところ、原告が「既に受領した金三〇、〇〇〇円のみで訴訟手続一切の受任事務を行なう。報酬は一切請求しない」旨述べて報酬請求権を放棄した。(二) 仮りに然らずとするも、その際「報酬を支払うか否かは被告の自由意思に任せて貰いたい」旨告げたところ、原告はこれを承諾したし、被告は報酬を支払う意思はないからいずれにしても原告の本訴請求は失当であると主張するので判断すると、被告本人尋問の結果中右主張事実に照応する部分はいずれも原告本人尋問の結果に照らしたやすく措信し難く他にこれを認めうる証拠はないから、被告の右主張は採用できない。

その後、原告が前記受任に基き静岡地方裁判所民事部に前記四通の約束手形金請求の訴を提起し、同庁昭和三六年(ワ)第二六八号事件として係属し、数回の口頭弁論を経たのち、昭和三六年一〇月一八日「訴外奈良間は被告に対し右約束手形金合計金八七九、五〇〇円及びこれに対する昭和三六年四月一日から同年九月三〇日までの年六分の割合による利息金二六、三八五円総計金九〇五、八八五円の支払義務あることを認め、これを三回に分割して(イ)昭和三六年一〇月三一日限り内金三〇五、八八五円(ロ)同年一一月一五日限り内金三〇〇、〇〇〇円(ハ)同年一二月一五日限り残金三〇〇、〇〇〇円をいずれも東海銀行名古屋押切支店の被告名義の普通予金口座宛に振込支払う」旨の裁判上の和解が成立、右訴外人は右和解条項を完全に履行し、結局被告が金九〇五、八八五円を現実に取得したことは当事者間に争いがなく、(証拠)と弁論の全趣旨を綜合すると、訴外奈良間との和解成立後、原告が、被告に対し、昭和三六年一〇月二六日付書信を以つて「奈良間に対する件本日和解調書の送達申請いたしました。ついては保証金取戻につき同封委任状に署名仮差押委任の際の印を押捺して御送付下さい。若し印が判然しないときは実印を押し印鑑証明一通添えてお手許にある供託書の控えと共に御送付願います。なお、報酬は請求金の一割が弁護士会の規定ですが金五〇、〇〇〇円は頂き度いのでお含み置き願います」なる旨申込み、右書信はその頃被告に到達したが、同年一一月二〇日頃被告が拒否したので、更に原告が被告に対し昭和三七年一月三〇日付書信を以つて「奈良間に対する件解決後既に二ケ月余を経過しましたが未だ報酬金のお支払も且つ保証金九〇、〇〇〇円の取戻も未了ですが、ついては同封委任状に委任の際の印を押捺して至急御送付相成度く、御送付いただけば保証金取戻し、前以つて申し上げたとおり其内より報酬金五〇、〇〇〇円を差引き残額御送金いたしますから御了承願い度く来る二月五日迄に御返事下さい。もし同日迄に何等の御連絡もないときは止むなく弁護士会の規定の最低である貴殿の取得額の一割である金九〇、五〇〇円の請求訴訟を提起すべくも斯ることは本意にあらざるにつき御理解ある御解決相成度い」旨申入れ、右書信はその頃被告に到達したが、被告からの返事がなかつたので、更に再度同年二月六日付(確定日付)の内容証明郵便を以つて「報酬金の支払がないから来る二月一五日迄に静岡県弁護士会規定最低金額の被告の取得金額の一割金九〇、五〇〇円を御送付又は持参お支払相成度い」旨催告したけれども、被告から諾否の返事がないので、原告は同月一七日本件訴訟を提起したこと、その後、本件係属中に、被告が、原告方を訪れ報酬金の値引き方の交渉を重ねたのに対し、原告が金四五、〇〇〇円では、どうかと答えたこと、ところが被告は諾否を明らかにしないまま原告方を辞したのち同日夕刻電話で原告に対し金四〇、〇〇〇円にしないかと申入れたが、原告が承諾しなかつたので、今日に至るまで原被告間において報酬金額についての合意が成立するに至らなかつたことを認めることができ、以上認定の諸事実によれば、被告は静岡県弁護士会の報酬規定の基準を知つていたし、又、原告がそれに相当する程度の報酬を請求することを了知したうえで原告に対し前記約束手形金請求の本案訴訟を委任したのであつて、原被告間において、右委任当時、成功した場合には、被告が原告に対し相当額の報酬金を支払う黙示の意思の合致があつたこと、和解成立後、原告は被告が訴訟に至らず容易に報酬を支払うならば、その額は静岡県弁護士会報酬規定の報酬以下の金四五、〇〇〇円ないし金五〇、〇〇〇円と決めてもよいが、そうでなければ右規定の最低率以上によらねばならないものとの意思を有していたものと推認するのが相当である。そうだとすれば、被告は原告に対し相当額の報酬金を支払う義務があることはいうまでもない。

そこで、次に本件における報酬金の相当額について審接するに、弁護士会報酬規定は弁護士と依頼者の間においてこれを排斥する旨の特段の意思表示のない限り、弁護士の受任事務における手数料額及び報酬額はこれにより決定される一応の標準となる効力を有するし、右当事者間には弁護士会報酬規定による旨の意思の合致があつたものと事実上推定するのを妥当とし、かかる意味において弁護士会報酬規定はその手数料額決定につき当事者間に明示の意思表示のない場合における事実たる慣習の効力を有するものと解するのを相当とし、又前記約束手形金請求訴訟事件の難易、訴額、右事件処理に費した原告の力の程度、右事件委任の際の経緯、右事件の進行状況、難易の程度、事件終結時の填末、その手数料額及びその支払状況、前記仮差押事件の手数料額、被告の右委任事務履行による現実の取得受益額、前記静岡県弁護士会報酬規定、その他原被告間に存する諸般の事情を参酌し、当時者の意思を推認したところを考慮すると、原告請求の金九〇、五〇〇円その報酬金として相当であるといわねばならない。

そうすると、その余の判断をするまでもなく、原告の被告に対する報酬金九〇、五〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかである昭和三七年二月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める本訴請求は全部正当であるから、これを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

静岡簡易裁判所

裁判官 丸 尾 武 良

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